Bachacha

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「患者に治療選択権は無いのか」歯科治療で飲込み禁止のフッ素を塗布強制化に抗議する

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 (11:20修正加筆)

歯科治療でのフッ素塗布には、現在、推進派と反対派との両意見が存在する。

その中でもし、法律や関係省庁の通達などによって、フッ素塗布をするかどうかの選択権が治療代を支払う立場にある歯科患者から奪われて、塗布の強制が標準化されるなら、その結果、患者への十分な説明と承諾が全くなされなかったり、充分な説明を省略されて形式的な説明に矮小化されたり、あるいは難解な専門用語の説明に混乱して、患者側が充分な理解が出来ないままに強制的フッ素塗布が行われたりと、塗布により治療費用が高額化するだけでなく、患者側が一方的に不利な立場に強制して置かれるのなら、そこには法律上で求められる最低限の成立条件として双方に「対等な取引関係」があったとは言えはしない。

それが、専ら医学業界で必須とされるインフォームドコンセント「十分な情報を伝えられ理解を得た上での医療行為の合意」という言葉の反映であり、それは同時に私法上と刑法上の要になる関係性だから、患者は治療内容に対して充分に理解する必要があるし、一方、治療する側はそこに詐欺的言動を行い、或いは治療側が治療行為に伴う様々の職務上必要な義務を怠ったりすれば、そこに示談や裁判など法的な争いの土俵が出来上がる。

しかし、残念な事だがフッ素塗布の問題とは、例えば原発事故でのがん発症を理由に損害賠償請求の訴訟を起こす場合、事故から永年を経過して因果関係を立証する環境が劣化した後、特定の放射線が直接の主因となって特定のガンを発症したとする間の因果関係を証明する時に、原因と結果の関係性について、限りなく近い蓋然性がある事を科学的に数多く指摘できたとしても、それ以上、強く直接的に関係性がある事を医学的に立証するのが非常に困難であるのと全く同様に、医療事故の発生や想定しなかった何かの症状が発症するなどの場合、そこから事実の解明と主張の立証作業を展開して行くのが極めて困難だという重大な問題を最初から内包しているのが、このフッ素塗布に存在する根本的な問題なのだと指摘しておかなければならない。

そうであれば、凡そ患者側の立場に置かれ治療代を支払う消費者として、こうしたフッ素塗布の問題を考える場合に、国民市民である自分や子供、孫が「フッ素塗布」される立場に置かれるとなれば、市民納税者を保護する義務がある行政は塗布について慎重になるのが当然で、またそこで「塗布を許すか許否するかの選択権」は、患者が当然に持っている私法上と刑法上の権利から見ても、当然に維持保護されるべきで、歯科医師側がその選択権を持っているはずがないなのだ。

誰が、好きな豚肉を買いに行って、美味しいから牛肉を買えと店側から押し付けられるのに「ハイ」と言うヤツが何処にいるか。

こうしてフッ素塗布とフッ素添加を国民市民に強制したり、巧みな言葉で誘引する政府政策や、ネット上で行われている個人の意見の表明を装った世論形成の工作が、あの禁煙ファシズム、ワクチンファシズム、と同質の健康ファシズムではなないと言えるはずがないのである。

 この歯科治療のフッ素塗布と、全国自治体に広がりつつある水道水にフッ素剤を添加するという二つの問題は、そういう不条理に満ちた邪悪な問題であるのが事の本質であって、元より人体には存在しなかったフッ素を体内に取り入れるのに疑念や不安を感じ、そうした奴隷や家畜の扱いを拒否するのであれば、それは「人間」として真っ当な権利行使の姿なのだ。

 

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