Bachacha

音楽、伝統文化、経済社会などに関心あり

室蘭も「よさこいソーラン」で歌って踊るのに忙しくて危機感や勉強する時間を持ってはいない様だ


札幌では「YOSAKOIそーらん」と言い、室蘭では「よさこいソーラン」と言うのは、何故なのだろうか。

あの「この差って何だ?」の世界だ。

札幌人は若者が多くて都会人だから、政府が進める英語公用化政策に即して英語表記をしても通じるけれど、室蘭人は高齢者が圧倒的に多い田舎者だから英語表記が理解できないだろうと、室蘭の実行委員会は考えたのではないのか?

そうであれば、いや、きっとそうなのだろうけれど(笑)、両市の市民にとっても随分とバカにした話だ。

この「祭り」を騙る「コンクール」には、非常に多くの札幌市民が遥か昔から嫌悪感を抱いていたのだが、クソメディアが加担する限りは、これは絶滅しない。

若者から社会への不満のガスがたまらない様に、と狙う「ガス抜き効果」を持たせたコンクールであるから、そこでの若者たちは自分の足元を見ることなく、訳が分からないうちにますます地元経済は疲弊し、国際資本の餌食となる運命に置かれるわけだ。

日本人から国際資本への反抗力の基礎となる産業力を削ぎ取るための、北海道や札幌市が進める様な安直極まりない「観光立国宣言」の先に在るのは、その日その日の現金収入に頼り気った日銭稼ぎで、論理的思考力を失い、分析力や評価力、長期の戦略を練り上げる力量を欠損した経営者や国民市民の出来上がりだ。

それに似たような国が、どこの国とは言えないが、あの立派な見本が目前に数多く在るというのに、日本人は何一つ現実社会から学ぼうとはしていない。

正しく「家畜人ヤプー」の世界、家畜化だ。

 

 「我々が学ぶべきなのは、人々が歴史から学ばないと言う事実だ」

ウォーレン・バフェット