Bachacha

音楽、伝統文化、経済社会などに関心あり

「明治の古写真から」日本人はこの150年間で有能になったのか?


私の母も、祖母たちも、当然に家族の食事は手造りが殆んどだった。

私が祖母の家に遊びに行くと、季節に関係なく、何時も10個ほどのお萩餅を作ってくれたものだ(笑)。

母は、鮭の頭や内臓を捌いた後には塩を振り、裏庭で育てた大根や茄子を樽に入れて粕漬や糠漬けを作り、師走の30日頃には家族で餅を突いて、出来立てのごま餅や豆餅のまだ柔らかな感触を、私たち兄弟は楽しんだ。

そして私の兄弟の中では、私は魚を捌くのには全く苦労はしないが、味覚からしてオカシイらしく一番の料理下手だ。

この150年の間に、食事が著しく欧米化するに従って、生産地、材料や製造過程が不透明な加工食品や外食が増え、そこでは演出されたお洒落感が置かれて食の質よりも印象や雰囲気が優先化し、その結果として、自ら「食」への有益な知識や技能を手放して来た、主体性を放棄して来たのが150年の現実であったように思える。

そこに生産者と消費者の間の機能の分断が、金銭と言う対価を支払うことで経済的合理性が促進され、一個人の中だけではなく、一社会の中でも社会機能の著しい分化が起きた。

社会的依存性の促進、即ち社会構造の不透明性が加速したのだ。

国際資本が推進する政府間の経済協定では、国際資本傘下の独占的な商品情報が著作権保護や貿易障壁などを名目にして、そうした不透明性はますます強まる。

それは、何を喰っているのか、誰もそれを知らないと言う事だ。

150年を経て、我々の食生活は、食なのか、それとも給餌なのか。