Bachacha

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国民が買える車とは:国民99%層を置き去りにする国産自動車メーカー

かつて、HONDA・N360SUBARU・360といった軽自動車の名車があった。

これらに共通する販売戦略は、国民所得に見合った低価格と、徹底的に虚飾を排除した実用性だ。

今こそ、長期的に購買力が低下している中の国民が、自身の可処分所得に見合った自家用車を国産メーカーに求める所だが、メーカーは何故、それを見過ごして過大な虚飾を装備した高価格車のみ販売戦略に乗せるのか。

私は、既に個性や気概、洗練された文化を失ってしまい、有名デパートの様な虚飾に溢れる高額商品を求め続けるTOYOTANISSANには、個性的で低価格、クールな車の製造を期待しない。

しかし、SUZUKIやDAIHATUは、それが出来る気概をかつては持っていたはずだ。

ここで99%層が利用できる国民車を作ろうとするなら、排除するべき、あるいは搭載するべき機能装備は多い。

本来は、基本的な装備を必須としたうえで、装備の選択制を採用するべきだ。

そもそも排気量に3000ccは必要なのか?

それに匹敵する電気的推進力が必要か?

最高級乗用車のサイドミラーでは、より安全なフェンダーミラーを採用するが、国民車ではドアミラーを標準装備してフェンダーミラーを選択できないのなら、安全性を意識する利用者の意思を排除する事にならないのか?

気象条件等地域的差異から生じる知識と経験から得られる防衛運転を除する全自動運転車は本当に安全か?

4輪駆動方式で、比較して燃費が良いパートタイム4駆を採用せず、燃費が悪化するフルタイム4駆を各社が全採用したのはなぜか?

海や川に没した時に必要となる窓とドアの急速開放などに使われている電子部品は、その時、当然に水の浸透でショートして使えなくなるが、そうした電子部品の多用に問題は無いのか?

デザインも、最近は最悪だ。

国産車を含めて、尖がった釣り眼、斜め線状にせり上がる側線、大きく空いた口、こうして世界中の車が同じ様なクソデザインで覆われて個性が失われたせいで、私には一目ぼれ出来る車が全くなくなった。

さらに、北海道のブラックアイスやミラーバーンと言われる凍結路面になる冬季運転では、オートクラッチではフットブレーキの効果が低下し、加えて標準装備のABS システムでは強く踏むと常に横ぶれして不安定になり、ABS効果が完全に失われて危険になる。

凍結時の対応は、路面の滑りに応じて3か2へ落としてエンジンブレーキを基本とするか、それを多用する事だ。

その時に必要なのは、フットブレーキを必ず使って後続車へブレーキサインを示す事で、エンジンブレーキだけでは後続車は前走者がエンジンブレーキを掛けているとは分からないから、サインなしでは危険だ。

多くの自動車メーカーは、国内販売台数の低下原因を99%層の可処分所得が低下しつつあることと、人口減の二つをあげているが、それだけではないと、ここで各メーカーへ言っておきたい。

それとも、メーカー各社は、もはや99%層を見捨てたとは口も避けても言えないから、ただただ耳を塞いで既定路線を走るだけだという事なのだろうか。