Bachacha

音楽、伝統文化、経済社会などに関心あり

山本節子氏は常に「知ること」がいかに大切かを訴える

B型肝炎ワクチンはチメロサール入り

念のために書いておきますが、B型肝炎ワクチンは不活化ワクチンなので、アジュバント(アルミニウム化合物)やチメロサール(水銀化合物)が含まれています。「え? もうチメロサールは使わないんじゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが、・・・・(以下省略)
2016.05.12  (以上、氏のブログから抜粋)

私が氏の著書である「マス・サーベランス 大量監視社会 誰が情報を司るのか Mass surveillance unlimited」を読みだした切っ掛けは、PCを利用し始めた10数年前から気づいた市民生活監視の問題だった。

PCを初めて購入後、ネット記事を廻っているうちに直ぐに出て来たのが、MSのバックドア問題であった。

当時は、私が知る限りではロシア、ドイツの両軍が機密保持の為にMS・Windowsの使用を禁止していた。

やがて私は、MS社の強引巧妙なOS販売戦略をネット上の記事で知るに従って、MSがバックドアを持つことで得られるであろう利益への推察と、両軍のWindows使用禁止という事態から容易に推認できるバックドアの存在、この二つをOS販売手法の強引かつ巧妙な性質に併せ考えると、やはりそこには単なる商業目的や営業戦略を超え、一般利用者にとって容易には知り得ない、MS社が狙う目的と権益があるのではないかと強い疑惑を持ったのだ。

ここでどうしても思い出すのが、あの1985年8月12日、機体最後部が破壊した原因が現在に至るも多くの異論と疑惑を抱えたまま、御巣鷹山に墜落した日航123便で亡くなった搭乗客に含まれていた、国産OS開発技術者たち17人の存在だ。

彼らが開発したOSは、「無償」の「オープンソース」で高性能の「トロンTRON」であったが、当時、世界中の技術者が高性能のOSを開発中で、当然、当時のMS社にとって、TRONは自社の世界市場制覇への大きな障害の一つであり挑戦者だった。

TRONは、その後、携帯電話、デジカメ、ビデカメ、DVD、ファクス、コピー、カーナビ、ATMなど広範な分野での機器に実際に据え付けられ、極めて高い機能を発揮した。

しかし、TRONを日本国内のPCへOSとして搭載する場面では、日航123便墜落事故での多くの有能な開発技術者死亡という影響を受けて、開発自体が遅れたことは容易に想像できた。

また国内PCメーカーからの搭載希望に対し、政府はUS政府からの関税引き上げや貿易制限の圧力を加えられ、政府はこれに屈して国内のPCへ搭載させることなく、結果的には現在、MS・WndowsやGoogleChromeらの世界市場へ躍り出る国際競走では、TRONは絶望的な位置に終わった

なお、この御巣鷹山での救出作業は、遭難機の所在が何故か二転三転したため、救出作業に大きな支障を生じ、事故直後にはまだ生存者数も多くいたという生還者の証言があって、死者の増加に繋がったと予想できた。

その中でもUS軍輸送機が事故直後、上空へ飛来して事故機を発見し、US陸軍の救難ヘリコプターを現場へ誘導したが、基地司令部から「救助中止を命令」されて全機帰投した事実、また生還者の証言で、ヘリコプター数機が事故直後に上空へ飛来していた事実が分かっている。

この様な歴史を踏んできたWindowsに対して、バックドアなどそんなものはあり得ない、単に営業努力の結果だ、資本力の違いだけだなどと彼らの言い分を気楽に受け止めるには、世界市場独占という言葉は、余りにも強烈で甘い誘惑だと言っておこう。

更に、世界市場を制覇するかどうかの一社の企業目的、投資家側の利益の都合だけに留まることはないのが、この世界制覇という言葉だ。

世界の1%層と呼ばれる巨額の資産を形成する特権階級層は、その形成過程では正当な競争原理によるものではなく、戦争やタックスヘイブン、メディアの洗脳工作に例えられる様に、弱肉強食の本音を隠して詐欺資本主義を運営する事で形成されたというのが、我々99%層が歴史的経験で知る事実認識だ。

その1%層が完全支配することで、99%層に対し未来に向けて世界支配力を行使できる絶大な威力を持つOS、言いかえてそれがPCネットの支配だと考えれば、とてもじゃないが、国民総背番号マイナンバー、全国330万台の街頭監視カメラ、ネット監視法、盗聴法、秘密保護法、その他1%層が仕掛ける様々な支配装置と、1%層の存在を横に置いたまま、お気楽な頭で「安倍辞めろ!」だけ叫んでいて済むほど、日本に限定する政権交代の問題ではないのが、監視社会つまり歴然たる階級社会の問題なのだ。 

 下記は2008年に出版された氏の著書である「マス・サーベランス 大量監視社会 誰が情報を司るのか Mass surveillance unlimited」にある前書きだ。

氏はこの前書きで、いかに「知ること」が大切であるかを訴えている。

http://www.tsukiji-shokan.co.jp/mokuroku/ISBN978-4-8067-1361-6.html

2006年12月3日、中国にいた私は、日本で起きたある人物の「訃報」に衝撃を受けた。亡くなったのは大阪高裁第7民事部総括判事の竹中省吾裁判官。享年64歳、退官を翌年に控えていた彼は、宝塚市の自宅のパソコンラックに首をつった状態で発見された。警察は彼の死を「自殺」と発表したが、それを疑う市民少なくないはずだ。

事件の情報を時系列的に整理すると、死亡時刻から警察発表まで、かなり時間が経過している。またどの記事もほぼ同じ内容で、報道各社が裏をとりに走った様子はない。完全に一本化された情報には、「口裏合わせ」「言論統制」が感じられる。

竹中判事はそのわずか3日前の11月30日、住基ネットの切断を望む市民らの「住基ネット訴訟」の判決で、「住民同意のない適用は違憲」とする画期的な判断を下したばかりだ。国民総背番号制に反対する人々にとっては、待ち望んでいた勇気ある判決だった。住基ネット地方自治法違反の角度から訴え、最高裁の判断を待っていた筆者にとっても、この判決は大きかった。竹中判事は2000年の「尼崎公害訴訟」でも、国に賠償を命じ、汚染物質の排出差し止めを認めている。今回も、市民は彼の判断を信じるだろう。

しかし、国にとっては、住基ネットの存続を不可能にしかねない危険な判決だたことは間違いない。今回の判決力づけられて、住基ネット違憲判決が多発しかねなかったからだ。その彼の突然の死は、日本が後戻りできないような危険な方向にひた走っていることを告げている。2007年1月、築地書館の土井二郎氏にあてた年賀メールにそう書いたところ、彼は仰天するような情報をつけて返信してくれた。「政府が日本国民のパスポート管理を、アメリカのアクセンチュアという会社に丸投げして進めようとしている」というのだ。

アクセンチュアといえばエンロン事件で悪名高いアンダーセンコンサルティング社のスピンオフ企業のはず。その企業が法務省事業を落札したということは、筆者のそれまでの「推論」-住基ネットはアメリカの国家情報戦略の一部ではないか-を裏付けることになる。ぞっとする思いで調べたところ、情報は真実だった。パスポート管理は法務省住基ネット総務省と、管轄は違うが、情報はインターネットと電子政府によって共有可能だ。「電子政府」は、最初から情報をアメリカ、CIAやNSAと共有するのを前提とした法設計であるのはもう疑う余地はなかった。筆者は、本人訴訟をもとに、住基ネットを根本から問い直す本を書き始めていたが、土井さんと相談し、「総背番号」「国民監視」「情報収集」などの面から、日米の情報戦略をとらえる内容に変えることにした。今の日本には、入管や高速道路だけでなく、あらゆるところに監視カメラが設置され、国や企業がその情報を瞬時に解析できるような体制が整えられている。たとえば、インターネット書店で本を買うと、以後同じような傾向の「お勧め本」(リコメンデーション)が届く。市民が知らないうちに、購買行動が記録され・分析されているのだ。便利な反面、薄気味悪いと思うのは、このシステムが個人の思想傾向、嗜好を把握・分析するのにも役に立つのが想像できるからだ。
行政による情報収集の深刻さは企業の比ではない。それは強制力を伴って、直接、市民の自由をしばる。個人の情報把握は、1人ずつ違うコード(ユニークコード)さえあれば、ごく簡単で、政府は住基ネットと戸籍法を通じて9割以上の日本人の情報を把握し、それを企業と共有している。このような体制を導入するにあたっては、最低限行政が保有する個人情報をチェックし、ご情報を訂正する権利を市民に保証しなければならない。間違った情報入力によって、個人が社会的不公正をこうむりかねないからだ。しかし政府はそのような防御システムを入れるどころか、「監視は善」というイメージを刷り込み、市民が監視に無感覚、無警戒になるように仕向けている。私たちの住んでいる社会は、考えられないほどアンバランスな情報社会だ。

インターネットによる情報収集は、登録-認証-監視-分析という形で行なわれるが、本書では、これを具体的なシステムや政策にからめて、「認証」「インフラ」「監視」「登録」「切断」という章にまとめた。一見、無関係に見えるそれぞれの話題-RFID、DNA銀行、NシステムGPS衛星-は、いずれも、行政の衣をまとったビジネスであり、インターネットとウェブを通じた企業利益がからんでいるという点で共通している。インターネットはこれまでの縦割り社会を解体し、産業界と学会、政府などを結びつけ、国境をも消して、全く新たな社会構造を作り上げつつある。その結果、誕生しているのは、情報を統制する上層と、統制される下層という大きな二層構造だが、下層におかれた市民は、いわばインターネットによるこのような構造変化-社会革命と言ってもいい-に気づきにくい。インターネットは、一方で、市民同士を直接結びつけ、本当に知りたい情報を共有するための非常に貴重なツールでもある。それを実証するために、本書は全資料をインターネット経由で入手した。いずれも今後さらなる研究・追跡が必要な主題ばかりであり、跡づけることができるように、全ソースを脚注につけた。もっとも、筆者の非才による誤解もありうることは、あらかじめお断りしておかなけらばならない。この点はぜひ識者の指摘・指導を待ちたい。紙面の都合で、アメリカと日本しか例をあげられず、そのほか、人権問題や国際組織、細かい法的な問題などについても省略せざるを得なかった。

一貫して行政問題を追及してきた著者は、いつも問題の根源が歴史にあるような気がしてきたが、ついに中国留学を決意し、2006年2月にスーツケース一つで南京に赴いた。半年の中国語学習の後、幸い南京大学の史学科に入学が許され、大学院生として近・現代史を学んでいる。ほとんど言葉ができない中年留学生にとって、初めて知る隣国の近・現代史は驚きそのもので、毎日新たな知識に目を開かれる思いがしている。そんな授業の合間を縫って取り組んだこの本作りは、正直、非常につらかった。推測の正しさを喜んでいたのは始めのうちだけで、すぐに、先が見とおせない、深い闇が広がっているような思いにとらわれるようになった。IT情報は、エントロピーの法則に従っている。ネット上に流出した情報は決してもとに戻せず、クモの巣(ウェブ)のように際限なく拡大し続け、決してコントロールできない。政府による情報収集は情報統制の裏返しであり、その行き着く先には全体主義と恐怖政治がまちかまえている。人は恐怖から逃れるために、思考をやめるだろう。では「監視社会」をどう解体したらいいのか?

個人では何もできない。しかし、どんな社会問題の解決も、まず「知ること」から始まる。筆者は、社会問題を本当に解決する力は、為政者や支配者ではなく、一般市民にあると信じている。したがって、今、筆者にできるのは、現状をなるべく正しく知らせ、構造の底流にある「利権」に目を向けさせることしかない。企業関係者も、官僚も市民であることは変わりないから、彼らに問題の解決をゆだねよう。そして、事が起きれば-これまでと同じように-筆者もまた闘いに立ち上がろう。本書では触れる紙面はなかったが、監視システムを地域レベルで拒否した自治体はけっこう多く存在する。

本書を完成させられたのは、ひとえにこうした思いを共有する多くの人びとの励ましによることをここに記して感謝したい。